“Webファースト” 時代のサービスマニュアル制作

アフターサービスを強化する シャープの改革

商品を購入した顧客にアフターサービスを提供するため、制作されるのがサービスマニュアルである。シャープ株式会社(以下、シャープ)では従来、サービスマニュアルを製本した形で配布していたが、今後はWebファーストに方針を切り替え、制作システムのリニューアルに踏み切っている。その意図について、シャープの秀石成郎氏、そして岡崎拓人氏に聞いた。

IoT事業本部ITソリューション事業統轄部
事業企画部 参事 秀石成郎氏
事業企画部 主任 岡崎拓人氏

既存のマニュアル制作システムを見直した理由

シャープ創業者の早川徳次氏が打ち出した創業精神「まねされる商品をつくれ」は、これまで多くの革新的な商品をシャープにもたらした。シャープがはじめて国産化した商品は実に多い。鉱石ラジオやテレビ、ターンテーブル式家庭用電子レンジなどの家電製品、1969年には世界初のLSI電卓「マイクロコンペット」を発売した。最近では液晶テレビ「AQUOS」が、家庭への液晶テレビの普及に大きく貢献した。このように、シャープの技術は社会に大きなインパクトを与えている。

このシャープでいま進められているのが、モノづくりのみならず、サービスによって自社の価値を高め、利益を向上する取り組みだ。そのひとつが、サービスマニュアルを制作するためのプラットフォームの刷新である。その背景について、同社の岡崎拓人氏は次のように説明する。

「サービスマニュアルの制作に利用していた従来のシステムは、マニュアル作成に特化したデスクトップアプリケーションでした。このアプリケーションの利用にはスキルの習熟が必要であり、担当者の異動によってスキルが担当部内に十分に蓄積できないという課題がありました。もうひとつの課題はコスト面でした。ユーザーごとにライセンス料が発生し、コスト負担が大きいことも問題でした」

従来のアプリケーションは非常にきれいなレイアウトを実現でき、印刷・製本するには適していた。しかし、これが時代に合っているのかという点を再検討したのだという。秀石成郎氏はこう説明する。

「シャープではサービスドキュメントを外部の販売店様などに提供しているほか、自社でも利用しています。外部向けには製本したものを提供する必要がありますが、社内のサービスマンはスマートフォンやタブレット端末を使ってドキュメントを参照していました。このような現状を考えたとき、印刷・製本することを前提としたシステムのままでいいのか、疑問があったのです」

プロジェクトをスタートさせた社内のマインドチェンジ

実はこのような問題意識は数年前からあり、Webベースのマニュアルシステムの導入が検討されていたのだという。しかし取り組み始めた当初は、現場の理解を十分に得られなかったと秀石氏は振り返る。

「サービスマニュアルを印刷物からWebベースに変えることに対し、社内には戸惑いの声も多くありました」
しかし2016年に戴正呉氏が社長に就任し、社内業務の最適化とサービスの強化という指針が出され、大きく流れが変わったという
「戴社長より発せられた徹底した共通化と統合化による業務改革の号令のもと、社員のマインドが変化しました。サービス業務についても例外ではなく改革の意識が芽生え、サービスマニュアルの制作システムの刷新プロジェクトが大きく前進することになりました」
こうして動き出したプロジェクトでは、マニュアル制作のための機能に加え、メンテナンス用部品の確認や発注を行うための仕組みも統合し、「サービス統合システム」として自社開発されることになった。そこで、マニュアル制作機能をより効率良く開発する為の検討を重ねていく中で、選ばれたのがナレッジオンデマンドの「WikiWorks」と、WikiWorksと連携する応用技術株式会社の「PLEX」である。

WikiWorksはアトラシアン製の情報共有ツール「Confluence」のアドオン製品として提供されている。Webアプリケーションでありながら原稿の作成からレビュー、翻訳、最終成果物のPDFやHTMLを自動生成できる特長がある。秀石氏はWikiWorksを選んだ理由として、この複数形式での出力に対応している点を挙げた。

「社内のサービスマン向けにはHTML形式で、なおかつデバイスを選ばずに見られるようにレスポンシブなWebページとして出力したい。ただ外部向けには印刷物の形で提供する必要がある。この両方の要件を満たせたことから、WikiWorksの採用を決めました」

コスト面でも評価した。「以前検討した際には、同様の仕組みをを見積もったところ、とても検討の対象になるようなコストではありませんでした。Wikiworksはコスト的に安価なご提案を頂き、社内展開への目途がつきました」

一方のPLEXは、製品導入後に提供するサービスのさまざまな資料を一元管理し、社内外に公開するための機能を備えたシステムである。これを利用することで、簡単にパーツカタログを作成することができるほか、インターネット経由での配信やパーツの受発注のためのカート機能も備えている。岡崎氏はPLEXを採用した理由を次のように語る。
「実はパーツカタログについては、自社で開発するか、それともPLEXを採用するかで最後まで悩みました。最終的にPLEXを導入したのは、ユーザー部門の修理を担当しているチームから『商品のイラストとパーツのリストが、インタラクティブかつクリッカブルに連携するものが望ましい』という要望があったためです。それを実現するための機能をPLEXは備えていたことで採用に至りました」

PLEXは商品の展開図を画面上に表示し、その中にあるいずれかのパーツがクリックされると、パーツリスト内のその部品がハイライト表示される機能を備えている。これを利用すれば、展開図のイラストから必要な部品を探せるため分かりやすく、部品番号を覚える必要もない。こうしたメリットが評価され、PLEXが採用された。

新システムがもたらすマニュアル制作業務の効率化

現状は新システムの導入に向けて準備が進められている段階だが、実際の導入効果として期待されているのがマニュアル制作の負担軽減である。その1つとして挙げられたのが、PLEXによる展開図とパーツリストの紐付け作業だと秀石氏は語る。

「これまではPDFの展開図とパーツリストの紐付けが手作業で、1ページずつ作業する必要がありました。しかしPLEXであれば、展開図のPDFとパーツリストをアップロードすれば、それぞれに記載されたレファレンス番号をもとに自動的に紐付けをおこなってくれます。これで一気に作業量を減らすことができます」

WikiWorksについては、既存のデスクトップアプリケーションとの考え方の違いから、現場には多少の戸惑いがあったようだ。利用者向けのトレーニングを進める中で岡崎氏は「特にレイアウトを調整するための機能に違和感があるようです」と話す。

「今回のシステムは印刷物を前提とするのではなく、Webファーストでサービスマニュアルを作るものであり、従来のシステムとの差に戸惑いの声はあります。たとえば細かなインデントの制御などといった部分です。そのような機能は印刷物としては重要ですが、webコンテンツという面でみると重要度は低いと判断しています。確かに以前のシステムとは異なる点も多いため、慣れるまでには時間が必要です。ただ、それによって作業量は大きく減らせると考えています」
WikiWorksを活用し、サービスマニュアルの制作をグローバルで共通化することも視野に入っているようだ。秀石氏は次のようにグローバル展開に向けた考えを示した。

「弊社にはタイにも家庭向け電化製品の製造を行う工場があり、日本向けの製品の一部もそこで設計と生産が行われています。サービスマニュアルも制作していますが、日本とは異なり汎用のワープロソフトが使われています。日本と同じデスクトップアプリケーションを使ってもらおうとすると、インストール作業など敷居が高かったためです。しかしWikiWorksであればWebベースで使えるため、海外拠点の従業員に使ってもらうことも容易です。こうした部分も新たなシステムのメリットだと感じています」

さらに岡崎氏は「従来、個別に運用していた3つのシステムを1つに統合したことで、運用コストを約半分から6割ほど削減できると見込んでいます」と説明する。WikiWorks、そしてPLEXを含む新たなシステムは、シャープのサービスマニュアル制作業務のコストダウンに大きく寄与している。加えて、パーツカタログ作成がサービスパーツ提供にシームレスにつながることから、サービス品質の向上にもつながる。今後このシステムがどのように活用されていくのか、大いに注目したい。